石の枕 石の枕 石の枕

十六才の父親

久々に父の説教を聴いた。詩吟や独唱を堂々とやるところなど昔と変わらないが、なんだか知らぬが、とてもてれくさかった。

しかし、宣教に対する情熱は四十年前と少しも変わらないのには驚いた。八十三才ではあるが、キリストに燃ゆる心で仕えている姿にうれしく思えた。

十五才で親もとを離れたこともあり、親子でありながら、父の内面のことまではあまり知らない。

この度は少しの時間も惜しんで古い話を聞かせてくれた。父の信仰歴でもあり、私への遺言でもあったと受けとめている。

父は、神田ホーリネス教会において、十六才で救われ、すぐ当時の牧師車田先生に「日曜学校の奉仕をさせてください」と申し出たそうである。今考えると無謀のように思えるが、それが大きな成長につながった。

当時、日曜日仕事に行くと二日分の給料をもらえたのに、日曜礼拝を休まなかった。その分土曜日は忙しかった。しかし、このように生活できたのも大きな祝福になった。

リバイバルがおこった昭和六年頃の教会は、いつでも、どこの部屋にも、祈りの声がたえなかったそうである。

神学校も同じ。授業の前に学生の一人が代表して祈ると、それに和して、いつの間にか祈り会になってしまうといった具合である。

今回の水曜夜のメッセージは、ヤコブ五の十三から十八であった。「汝らのうち、苦しむ者あるか、その人祈りせよ。喜ぶ者あるか、その人賛美せよ」。

神のみことばで裏づけされた「祈りと賛美」。これは全ての人の受けるべき力の源泉である。日本のリバイバルを期待する者は、心して祈りせよ、賛美せよ。主に何かを期待する者は、熱心に祈りせよ。賛美せよ。近い内に、もっと不思議なことが起こり、聖名を崇めさせていただくだろう。

一九九二年十月十一日

前 次 目次 ホーム
[ 前のを読む | 次のを読む | 目次に戻る | ホームページに戻る ]


calvarychapel@japan.email.ne.jp