石の枕
姉妹教会 「歴史」のことを英語ではヒストリーという。それはHIS(彼の、主の)STORY(物語)の意といわれる。
世界の歴史だけではなく、教会の歴史、個人のそれをふりかえるとき、確かに主のご支配の中に生かされてきたことに驚きをおぼえる。
二十年も前のこと、サンフランシスコ教会の牧会を辞して、座間教会(大和教会の前身、今の教育館時代)に就任してまだ何年もたたないころのことである。
当時、私たちの属していた日本ホーリネス教団は、韓国、台湾、フィリピン等の教会との交わりをもち、「アジア・ホーリネス連盟」(一般にアホ連と呼んだ)を結成していた。
その会議をソウルで行なう予定が、突然延期になったため、参加予定の三畑元兄と教会の人々は、折角ビザもとったのに残念という様子であった。
このことを知った忠武路教会の牧師金碩圭先生(現在は崔建鎬牧師)が招へい状を送って下さり、訪韓が実現した。その教会の役員さんの徐炳夏長老が、姉妹教会の関係を結ばれ、それがきっかけとなって今日に至っている。
当時、姉妹教会成立はひとつのブームであったが、私の知るかぎり、二十年間も続いたのは、私たちだけであろう。牧師が代わってもその関係を大切にしてくださった。
あちらからも来てくださったが、私たちが訪ねるといつも身に余るもてなしをして信仰の薄い私たちを励ましてくださった。今日、カルバリーチャペルが日本を代表する群に成長したのは、この姉妹教会の愛の祈りと励ましがあったことをあげることができる。
私個人から言っても、青年伝道者であった私に牧会や教会成長の何たるかをいろいろと教えてくださった。そして本当に暖かいというより熱い愛ではぐくんでくださった、と言ってもよいもてなしを受け続けて来た。ハレルヤ!主よ感謝します。
一九九三年六月十三日
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