石の枕
榎本先生と便所 三浦綾子著「ちいろば先生物語」(朝日新聞社)に、同志社中学の一人の生徒の手紙が引用されてある。
先日先生は(榎本保郎牧師のこと)、ぼくたちの学校に来てくださって、「えらい人とはどんな人か」という題で、修養会の説教をしてくれはりましたね。「偉い人とはどんな人か」という題ですから、多分歴史上の人物か、有名な人の話だろうと、勝手に決めていました。
ところが先生は、偉い人とはどんな人やと思う?とぼくたちに話しかけ、それは「人々に仕える人」だと思うと言わはりました。そして、世光教会の保育園の愛場さんという小母さんの話をしました。そしてこの小母さんが、園児の食事の支度をしたり、便所(水洗ではない)の掃除をしたりしている人だと、言わはりました。
先生は、「ぼくがこの人を偉いと思うのは、それは世光教会の便所を見てくれたらわかる。どんなに世光教会の便所がきれいか、これは見なければわからん。ウソやと思うたら、みんなで見に来たらええ。ぼくはこの小母さんのような人が偉い人やと皆さんに言いたい。
だから、友だちに、「その便所見に行こう」と誘われた時、「アホクサイ」と断りました。ところが、便所を見に行った何十人もの友だちが、翌日学校で、みんな興奮していました。「ほんまに行って見たらええわ、行かなわからんで―。」
それで遂にぼくは、この間朝早く、そっと教会に行って見ました。便所を見たぼくは、電気に打たれたように思いました。「真実に生きるとはこういうことなのや」、ぼくの心の奥底にもやもやしていたものが、一度にふりはらわれたように思いました。ぼくは有名にならんでもええ、金持ちにならんでもええ、けど、人の心を打つような、本気の生き方をしたい。そう思いました。この次の日曜から、ぼくも教会に行きます。先生、どうぞ、ぼくを導いてください」。
一九九三年十月三日
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