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トラの赤ちゃん

元上野動物園長の中川志郎氏から面白い話を聞いた。

生まれたばかりのトラの赤ちゃんが、おっぱいが欲しくて、お母さんのおなかへ寄ってくる。おなかには乳首はあるが、人間や牛のように出っ張った乳房はない。そんなのがぶらぶらしていたら、トラは走れないからだ。

そこで赤ちゃんは乳首を探し当てると、その周りを両前足で揉んで、おっぱいを押し出そうとする。ところが、前足をかけられた母トラは、すごい勢いで我が子を蹴る。赤ちゃんは一メートルも吹っ飛んで、ひっくり返ってしまう。

「その様子を初めて見たときには、非常に驚きました。その母トラは初産だったので、育児を知らないんじゃないか、赤ちゃんがおっぱいにありつけなかったらどうしよう、と心配しました」。

トラは一回に三頭前後の子を産むが、どの子が寄ってきても蹴飛ばす。それが、生まれてからまる二日間も続くことがある。

おっぱいが飲みたい一心の赤ちゃんたちは、蹴られても蹴られても、寝そべっているお母さんのおなかへすり寄っていく。それをくり返すうち、やっとお母さんは乳首をくわえるのを許すようになる。

いったい母トラは、何が気に入らなくて我が子を蹴るのか。

子トラは生まれたばかりといっても、前足に鋭い爪を持っている。それが他の動物を殺すための武器になるということを知らないまま、子どもたちはお母さんのおっぱいを押そうとする。

するとお母さんは痛くてたまりませんので、仲間の群と一緒にいるときは爪を立てないことを教えるために、蹴飛ばしてそれを教えるのである。

その反復の中で、爪の出し入れのタイミングを体で覚えていくのである。トラは、我が子につらい試練を与えて一人前に育てる。

信仰生活の中でも、この厳しい教育なしには一人前のキリスト者には育たない。(ヘブル十二章)

一九九三年十一月七日

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